プロフィール

僕の歩んできた人生を公開| 失敗だらけの人生を脱却した物語


こんにちは。

高岡 真充です(たかおか まさみつ)です。

このブログでは

  • 転職する勇気を身に付ける方法
  • 自分の強みを活かした働き方や転職方法
  • 資格取得をして人生を安定させる方法
  • 人生を楽しくするコツ

などを、自身の経験から惜しみなく伝えていくために作りました。

一体どんなやつがこのブログを書いてるの?

・・・と思ってる方もいらっしゃると思うので

“自己紹介”がてらにぼくの“人生の物語”をお話しします。

子供の頃から“人見知り”で何をやっても上手くいかないという人生を過ごして29歳にして初めてそんな“失敗”やコンプレックスだらけの人生を克服した話しなんですが

自分でも「よく今まで生きてこれたな?」と思うくらい“挫折だらけ”色んなことから“逃げまくった人生”を歩んできました。

ほんとに恥ずかしい話しばかりで書こうかかなり迷ったのですが

こんなダメな人間でも頑張れば人生楽しく生きれるって所を見せる事で、今人生に悩む人に少しで勇気を与えられれば良いな…

そんな気持ちを持ったので書く事にしました。

 

もしかしたら消すかもしれないので

今のうちにぜひ続きを読んでみてください ^^

この記事の内容⬇︎

人生失敗談① | 幼少期、人見知り&運動が苦手で友達が出来なかった

保育園時代、球技、特にドッチボールが苦手で外で元気に遊ぶ子達に馴染めず一人寂しく虫を捕まえたり、折り紙で遊んでいた。

子供って普通は出来ない事があってもある程度出来る様に頑張ると思うんですが、僕は全く努力する気がない残念な子供でした。

性格もおとなしく忘れ物をよくするのに、忘れましたって怒られるのが怖くて必死に隠す様な非常に臆病な子供でした。

人生失敗談② | 幽霊の出るオンボロ小さな家で育つ

父親の事業が上手くいかずに貧乏生活を送っていました。

家がボロボロでめちゃくちゃよく金縛りに合っていました。 笑

浴室のユゲが女の人の形になって襲ってきた事があります。

今だから笑えますが(笑)

ほんとに怖かったです。

人生失敗談③ | 小学校低学年でお金が無い父親を察して誕生日プレゼントを断る

小学生活になると、父親がお金が無くて元気が無い姿を感じる様になっていきました。

父親が気を使い、僕の誕生日の日に

「マサミツ、誕生日プレゼント買いにいこう」

と言われ近所の電気屋さんに行ったのですが、父親の元気が更になくなるんじゃないか?と心配して

「欲しいものが無い」と言って誕生日プレゼントを断りました。

親に気を使い、誕生日プレゼントを断る小学生が全国に何人いるのでしょうか?

当時は子供ながらに本気で父親を心配していました。

人生失敗談④ | 母親の実家はそれなりに裕福だったので助けられたが

こんなに貧乏なのにスレた子供にならなかったのは母親の実家のおかげだと思います。

母親の実家はそれなりに裕福でまともな生活を送れる喜びを体験させてもらえました。

母親の実家には、当時最先端だったファミコンがありました。当時から大人気だったマリオゲームにはまり、ゲームづけの毎日を送りました。

元々人見知りで友達が少なかったのさらにコミュニケーション能力の更なる低下に繋がるデメリットもありました。

人生失敗談⑤ |  無理して家を買った直後にバブルの崩壊でさらに貧乏に

小学5年生の時、家族が無理して家を買った直後にバブルが崩壊。物件価格の急落とローン地獄により更に貧乏生活を送るハメになります。

人生失敗談⑥ | マイナスの家計簿を見せられ、小遣いが捻出出来ない事を宣告される

小学校5年生の時に、母親に収支がマイナスの家計簿を見せられて

「はぁ〜」っと

大きなため息をつきながら「あんたの小遣いだせへん」

と言われたときは衝撃が走りました。

両親はお金が無い事でいつも喧嘩してるし、ほんとに辛かったです。

お金の大切さを嫌と言う程教わりました

人生失敗談⑦ | 転校、新たな環境になじめず苦労する

 

家を買った事で転校する羽目に。

人見知りな子供だったのでかなり辛かったです。

新しい小学校ではドッチボールが大人気でした。

休み時間はドッチボールが上手いやつが人気者になり、女子達は見学してキャーキャー言って応援していました。

ここにきて、球技がめちゃくちゃ苦手で逃げて来た事が仇となり、ドッチボールには参加するも、ただただボールから逃げる事しかできない惨めな事になりました。

あまりにもみじめで、次第に理由をつけて遊ばなくなり、友達もできずに辛い小学校生活を送る事になりました。

更に逃げ続ける子供時代を送る。

お笑いの研究にあけくれた小学校6年生

小学校6年生になり、友達も出来なくて惨めな思いをするのが嫌で、何か行動を起こそうと考えました。

スポーツではまったく活躍できない。

「ならば面白い人になろう」

そう考えて、深夜のお笑い番組を録画し、何度も見返して、人はどうしたら笑うのかを研究する様になりました。

幸い4歳年上の姉がお笑いブームに乗っていた為数年分の番組が録画されていたので、全て見尽くして

このタイミングで、こんな事を言えばおもしろいのか

という事を研究しました。

初めて何かに向けて自発的に努力した経験でした。

この頃は謎の何かで活躍しないといけない

という気持ちを強く持ち始めた時期でした。

自人生失敗談⑧ | 劣等感ばかりが育まれた中学生時代

中学生になっても人見知りが発揮され、同じクラスに全く友達ができませんでした。

お笑い番組を研究した成果を出す前に、まず人見知りすぎて隣の席のクラスメイトに話し掛ける事すら出来ませんでした。

休み時間もする事が無く、トイレに

行ったり机で寝てるフリをしたりして時間が過ぎるのを待つ生活が始まりました。

嫌だったのが学祭です。普通は友達と一緒に他クラスの出し物を一緒に回るんですが、僕は同じクラスに友達が居なかったので、さすがに一人で廻るのも恥ずかしすぎてどこにもいけず、自分のクラスの出し物をずっと手伝い早く時間が過ぎるのを待っていました。

ほんと惨めでしたね。

また、球技が苦手だったので弓道部に入部するも挫折の連続

中学生では部活があり体育会系に行くか、文化系に行くかで大きく変わります。

がっつりサッカーとか野球するのは自分には無理だと思い小学校時代の友人に誘われ、体育会系の中でも緩くやれそうな弓道部に入部する事にしました。

正直弓道って「ちょっとカッコ悪いな」と思ってたんですが、弓道くらいなら自分でもそこそこ出来るんじゃないか?

と考えて入ったんです。

しかし、集中力が全然無くて全く向いてませんでした。

終いには、「こいつには絶対何やっても勝てる!!」

と思っていた、見た目も性格も超陰キャラの男の子にも負ける始末。

何一つうまく行きませんでした。

人生失敗談⑨ | ヤンキーにおびえる中学時代

中学生の時は同じ学年のヤンキー友達に見をつけられ無理矢理仲間に引き入れられかけました。

パシリに使われることが見え見えだったんで本当に嫌だったけど、逃げたらイジメられるのが怖くて無理矢理話を合わせていました。

今みたいに携帯が無かった時代なんで、出来るだけ鉢合わせしないようにコソコソ逃げる様に生きる毎日を送りました。

嫌な相手と適当な距離を保ちつつ、嫌がっていないと思わせる技術みたいなものが磨かれました。

現在会社のパワハラ上司との適度な距離を保つのに役立っています。

ただ、最悪な事が起こりました。

断れなくて一緒に遊んでいた時ヤンキー友達の一人が鍵をつけっぱなしにしていたバイクを盗んで去って行ったという事件が起こりました。

その後そのヤンキー友達は警察に捕まって、一緒に遊んでいた僕も同罪だと言われ突然警察に呼び出されるという事態になりました。

いや、バイクなんて興味もないですし

と説明するも「嘘つくな!」と怒られ、学校の先生にも怒られて散々な羽目になりました。

当日、唯一の取り柄が”真面目”さだったのにそれすらも失い無残な状況になる。

人生失敗談⑩ | 高校時代は無理やり努力して楽しい生活を手に入れるも、やりたい事がみつからず将来に不安が

高校生になりもう友達が出来なくて惨めな学生生活は送りたく無い!

そう強く願い、明るい自分を必死に作りました。

テンション高めで、ちょっと面白い事を言うキャラを作り、クラスで人気者になろうと必死に頑張りました。

その甲斐もあり、クラスでも明るいグループに所属する事が出来てハッピーに!!

2で初めて彼女も出来て、1つ上の先輩から告白されるという珍事も起きました。

中学生の時と比べてると格段に楽しい生活を送れたものの、将来の事をまったく考えていなかった為、高3になり進路の事で悩む事に。

キャラ作りとか、髪型を整えたり友人を作る事に必死になり、いったい自分が何をしたいのか全くわからない状態になっていました。

付き合っていた彼女からも「男のくせに女々しい」的な事を言われてフラれてしまいました。

人生失敗談①① | ホッケー部に所属するも、またもや芽が出ず後輩に抜かされる

高校でも部活をしようと友人に誘われてホッケー部に所属する事にしました。

これも弓道の時と同じ理由で、ホッケーくらいなら活躍できるんじゃないか?

と考えたのですが、まったく芽が出ずあっさりと後輩に抜かされる事に。

しかも、適当に練習しているのではなく、活躍したいと思い、真剣に練習に打ち込んでいるのにも関わらず抜かされていくんです。

ほんと何やってもダメでした。

人生失敗談①② | やりたい事がわからず、就職の道を選択するが..挫折

3になると進路の確認を迫られる様になります。

大学に行くのか、専門学校に行くのか、就職するのか?

僕はほんとうに何がしたいのか分からなかったんですが、特に勉強をする意味もみいだせなかったのと、大手企業から就職の斡旋がある事を聞きつけ就職を選択しました。

当時、大阪ガスやJRなどの超大手企業に学校から推薦してもらい就職するチャンスが与えられる枠があり、家が貧乏というコンプレックスが強い僕は

「これは大企業に就職して高給料を手にして人を見返すするチャンスだ!」と考え就職活動に踏み切りました。

就職するにあたり、面接対策として元リクルートで働いていたベテランの先生が僕の指導に当たってくれました。

厳しい方で、スポーツをしてたんだから「もっと声を大きく」とか「元気よく、ハキハキと」など、細かい指導を頂きどんどん面接慣れをしていきました。

最初は全くダメだったんですが面接も徐々に慣れてきて

自分でもこれはいけるんじゃないか?

という自信が湧いてきました。

自信を持って挑んだ面接結果は

あっさりと落とされました。

冷静になって考えると、バリバリの体育会系でも無いのにハキハキしっかりキャラを無理に作っていたのが面接官にバレたんだと思うし、違和感があったのだと思います。

ほんとに何をやっても上手くいきません。

人生失敗談①③ | 何がしたいかいわからずに、投げやりになり親が勧めた専門学校に入学する

就職活動も失敗し、ほんとうに心から何をしてよいのか分からず悩んでいたのですが

無口な父親が珍しく熱弁をふるいました。

その内容は「やりたい事が無いなら、需要が伸びる業界に行き、勉強するべきだ!」というものでした。

そして、「これからはバイオテクノロジーだ!」と言うのです。

まったくの文系人間でオタク気質もない僕がバイオテクノロジーなんか興味がある訳がないのですが

当時はやりたい事も自信も無かったので

「どうせやりたい事も無いなら将来手に職を付けておいた方がまだマシか」

そう思い、父親の案に乗りバイオテクノロジーが学べる珍しい専門学校に通う事にしました。

人生失敗談①④ | 初めてのアルバイトを経験するも失敗ばかり

高校3年生の冬、進路も決まりアルバイトを始める事にしました。

近所にハンバーグレストランがオープンする事になり、オープニングスタッフを募集していたのでこれはチャンスと応募しました。

なんとか採用され厨房で働かせて貰えたのですが

人気店でありピーク時の忙しさがヤバくて

必死に頑張るんですが必ずミスしてしまうんですね

システム化されていて注文が入ると注文伝票が流れてきてハンバーグを焼き始めるんですが

たくさん注文が入るとハンバーグの焼く枚数を間違えてしまいます。

あと、トッピングを焼くのを忘れたりとミスをしまくりました。

「今日は絶対間違えないぞ!」

そう意気込んで取り組むんですが、絶対にミスをしてしまうんです。

そんな事で社員の方にいつもイビられてました。

それどころか同じ歳の女の子に

「お前、もっとしっかりしろよ!!」

と叱られる始末。

ほんとに何をやっても上手くいきませんでした。

人生失敗談①⑤ | 専門学校を3ヶ月で中退、ニートを経験

いよいよ専門学校生活がはじまりました。

期待に胸を膨らませていたのですが

バイオテクノロジーっで難しいし全く興味がわかなかったので、授業を受けてもさっぱり頭に入ってこない。

という事が起こりました。

「こんな事ではダメだ!」と自分を奮い立たせ頑張ろうとしたのですが、いざ授業が始まるととたんに頭に入らなくなるし

俺何してるんだろう?

自分に向いてないんじゃないか?

そんな余計な事ばかり考えているうちに一日が終わってしまう。

そして殺人的な満員電車にも心がやられました。

新大阪まで通っていたんですが、当時の御堂筋線は殺人的な混み方で人に押しつぶされそうになるんです。

とうとう嫌になり3ヵ月と持たずに専門学校を辞めてしまいました。

若くしてニートを経験する事になりました。

両親も落胆していました。

人生失敗談①⑥ | 若ハゲ!?髪の毛がスカスカに

ニート開始から数日後、髪の毛の様子がおかしい事に気がつきました。

「何か髪型が決まらないなぁ」

よく見ると前髪を中心に髪の毛のボリュームがあきらかに減っている事に気がつきました。

毛根が痩せ細りスカスカになっているのでした。

何でこんな事になるのか?もうパニックでした。

ただでさえ自分は

・挫折ばかりのコンプレックス人生

・専門学校を中退したニート

を抱えていたにも関わらず

・若ハゲ

を抱える事になり、完全に人生終わったと思いました。

「何をやってもうまくいかない、もうこんなことなら死んだほうがマシだ」

そう考えるようになりました。

知らない人とすれ違うだけで

「こんな平日の昼間にフラフラして、頭も薄いし人生終わってるな」

と思われているに違いない!

と卑屈になり出かけるのもおっくうになっていきました。

また、散髪に行くのも店員さんに若ハゲを見られるのが恥ずかしくて仕方ありませんでした。

行きつけの美容室は行くのを辞め、ハゲたおっさんが行きそうないけてない理容店に入り

前髪はスかないで下さい。と注文をつけてました。

ほんとに自分は何をやっているんだろう?

生きている意味あるんだろうか?

そんな考えばかりが心の内から溢れ出てきてほんとに辛かったです。

大学受験でニートからの脱却を図る

死にかけの状態で再起不能になりかけていたのですが

中学時代の数少ない友人の一人が

「俺の大学に来いよ!」と声を掛けてくれました。

さすがに本当に死ぬわけにもいかないので自分を奮い立たせ大学合格に向けて勉強を開始しました。

正直まだ働きたくなかったし、フリーターってのもさすがに将来が不安定すぎる。

とにかく大学にいくしかない!!

そう強く思い参考書を買いに走りました。

奨学金の借り方を調べて親を説得し、図書館で参考書を片手に問題を解きまくりました。

時間もあまり無かったので試験日まではバイトもほとんど行かずに6ヶ月間は毎日12時間近く勉強しました。

色々死にたいとか考えていたけど、どれだけ沈んでも人間は何か目標を持って前に進んでいる時は前向きになれる事を知りました。

そんな訳で、着実に学習を続け直前の第1志望の大学の模試判定はB判定にまで上り詰めました。

人生失敗談①⑦ | 第1志望の受験日に高熱を出して惨敗する

 

力の限り頑張ってきたんですが、なんと試験当日に高熱を発症してしまいます。

なんとか受験会場までは行ったのですが、集中力にかけ惨敗しました。

結局、勉強しなくても入学出来る様なFラン大学に入学する事に

人生なんでこうも上手くいかないのでしょう?

奇跡的に髪の毛が復活する

 

若ハゲの件ですが、奇跡が起こり、大学に入学する前くらいに治ってきたんですね。

おそらく調子に乗って金髪にしたりブリーチしまくっていたので、急激に髪の毛にダメージが蓄積されて一時的に髪が痩せ細っていたんです。

そこにストレスとかが合わさって余計に悪化していたんですね。

これはほんとに助かりました。

ストレスは髪に大敵です。みなさんも気をつけてください。

この時に、少しでも髪の毛に良い様にと考えて手に入れたストレスを溜めない習慣酒やタバコを吸わない習慣は今でも継続しています。

これはむしろプラスになりましたね。

人生失敗談①⑧ | 大学に入学するもつまらない授業に悶々とする日々

 

大学の授業は本当ににつまらなくてびっくりしました。

いったい何の役に立つのかさっぱり分からない知識を広く浅く学び、テストに受かれば1単位取得。

4年間で128単位取得出来れば卒業できるという仕組みでした。

留年生を多数出さない様に調整されているのか?テストも簡単で友人に講義ノートを借りてちょっと勉強すれば簡単に単位を取得出来るので次第に授業にもでなくなりました。

気づけば遊びとバイトばかりに明け暮れる毎日、楽しかったけど得るものが無い学生生活を送る。

ちなみに、バイト漬けの生活を送ったのですがこの時に経験したバイトの数は25種類にも及びます。何か嫌なことがったり条件が悪くなればすぐに辞めてしまう様な人間でした。

「もう来なくていい!」と言われた事も何度もあります。

アルバイトすらまともに出来ないヤバいやつでした。

人生失敗談①⑨ | 大学3回生になり就職活動で挫折、まったく内定が取れない

大学3回生になりとうとう就活が始まりました。

遊びばかりに夢中になり、何をしたいのかまったくわからない状態だったので非常に苦労しました

今のバイトして遊んでいる生活が楽し過ぎて

「就職とか嫌だなぁ〜」って思いしかなかった上に、人見知りの性格も就活には不向きでした。 

そもそも就活自体もみんなやってるから、という理由だけでまわりに流されながらなんとなく名前の知れた企業を受けるという

 

ほんとに主体性のない活動をしていました。

そして、手始めに20社程エントリーシートを送りましたが見事に全て落ちました。

一生懸命書いた履歴書がポストに返送されるたびに心が苦しくなっていきました。

友人が内定貰ったと言う話を聞く度に焦りが募りました。

「ほんとに何やっても上手く行かないなぁ」

そう思い落ち込みました

しかし、数百万円の奨学金の返済もあり働かない訳には行かず自分を奮い立たせて何とか内定を貰う事が出来ました。

内定をもらえたのはリフォーム会社の営業職です。

なぜ営業職を選んだのかと言うと、特に手に職も無かったので、選択肢が無かったという理由と

人見知りな性格へのコンプレックスを

もういい加減に解消したかったからです。

営業職ってそのためにはいい訓練かもしれないなあ

って最後の砦にかけるような思いでした。

人生失敗談②⓪ | 就職後営業職の厳しさ知らされる

思い切って営業の世界に飛び込んだのもののそう簡単には上手く行きません。

一様有名なハウスメーカーの子会社だったので形だけ1週間程度の泊まり込み研修があったものの、研修が終わるとすぐに現場に放り込まれました。

初月からノルマを課せられがっつり飛び込み営業を始めました。

元々人見知りな上にお客さんと何を話せば良いのか分からない。

そんな状態でピンポーンと、インターホンを押しては研修で習った営業トークを炸裂させました。

しかし、迷惑がられるばかりで一向に契約を取れる気配がありません。

仕事は真面目に頑張りました。先輩からの指示を一生懸命聞き、自分なりにお客様の事を考え、毎日サービス残業をして少しでも売上を上げれる様にと努力しました。

営業成績の良い先輩に同行させてもらい営業トークをボイスレコーダーに録音して

真似て練習したりしました

しかし、どれだけ頑張っても営業成績は鳴かず飛ばずでした。

人見知りなのに、毎日初対面の人と話さなきゃいけない辛さ。

売り込みもできずに断られ続ける悔しさ。

会議の度にほぼ最下位の成績表を見せられ、叱られる辛さや恥ずかしさ。


どうしてこんなに何も出来ないんだろう
やっぱり自分はダメなんだな

営業なんて向いてない。

営業どころか自分は何もできないのではないか?

生きている意味あるのかな?

そういう思いが湧いてきて

自己否定で心はボロボロでした。

付き合っていた彼女と結婚!?

仕事もまともに出来ず、惨めな毎日を送っている中

当時付き合っていた彼女から結婚の話が浮上してきました。

20歳の時から付き合っていて、既に5年も付き合っていたので

「そろそろ責任とってよ!」的な話です。

彼女の事はほんとに大好きで、結婚したかったのですが

正直まったく自分に自信が持てないし

このボロボロなタイミングで結婚なんて考えられなかった

何より、自分の事すらまともに出来ない状況で、会社にしがみついているだけの人間が

家庭を持って、妻を養って、子供を育てて

なんて自分に出来るはずがない!

そう思い、情けなくも12年くらい先延ばしにしようと試みたのですが

その瞬間ブチ切れられました。

「先延ばしなんてあり得ない!

今すぐ結婚するか、分かれるか決めて!」

そして、こうも言われました。

「誰もあなたに養って貰いたいなんて思っていない

私も働くし一緒に頑張っていこうと思っている」

そう言われて目が覚めました。

僕は全て一人で完璧にやらないといけないと思い込んでいたのですが、それは思い込みに過ぎませんでした。

そして、こんな何の取り柄もない自分と結婚したいと言ってくれる女性が目の前に居てるなんてなんて幸せな事だと思いました。

その時に

「この人に一生ついて行こう!」

そう心に決めて結婚を決意しました。

人生失敗談②① | トップセールの先輩に教えを頂き改善の兆しが見えたが事故を起こして退職に追い込まれる

結婚も決まり

なんとか今の会社で成果を上げなければ!!

そう意気込み、その時トップセールスマンであった、めちゃくちゃマシンガントークの上手い先輩に頭を下げて教えを乞う事にしました。

売上を作るには行動計画が大切だと教わりました。

1ヶ月を4等分して1週ずつ行動する内容を決めて動き

3週目までに見込み金額がいくら

最終は50%を成約して最終いくら契約する。

そんな行動計画を立てさせられて動きました。

その先輩は優しい面があり、僕に対して

「怒られても頑張って、根性あるな」

とか

「新卒で何も分からないのによくやってると思うで」など

優しい言葉をかけてくれるので、分からない事も質問しやすく言う通りに動くと自然と案件がとれる様になり、売上も徐々に安定する様になりました。

しかし、1つ問題点がありました。

とにかく朝が早い方だったので、教えて欲しければ朝7時に出社する様に言われたんです。

通勤に1時間掛かる僕は、遅くても朝530分に起きて速攻で用意しても7時にギリギリです。

しかも新卒で建築の事も全くわからないので何をするにも時間が掛かり、いつも早くても22時近くまで仕事をしていました。

特にダラダラ仕事をしている訳では無く、一生懸命やっても本当に仕事が終わらなかったんです。

そんな訳でブラック企業並みに仕事をする事になりました。

睡眠時間が全く無い状態でも若かったので気合いでなんとかしていましたが

やはり体力のしわ寄せがきて、注意力が散漫になり、社用車でたて続けに交通事故を起こしてしまい無期限社内免停の処分を下されてしまいました。

田舎の営業所に勤務していたので、電車では限界があり車に乗れない事はもう仕事が出来ない事と同じです。

それでもノルマは毎月のしかかる。

「これは辞めろって事なんだな」

そう悟り、210ヶ月働いた会社を退職しました。

結婚式が決まっていた為速攻で次の仕事を探す

会社を辞めた3ヶ月後には結婚式が決まっていましたので速攻で次の仕事を探しました。

「このままでは無職で結婚式を迎える事になる」

焦りに焦っていたのでとにかく

そこそこの会社ならどこでもよい

と思い就職活動を行いました。

次は住宅設備機器や建築資材メーカーの代理店の会社で営業をする事になりました。

なぜこの仕事を選んだのかというと、同じ営業の仕事でもルート営業だったので、これなら自分でもやれるんじゃないか?

そう思ったからです。

それに、前の会社にも住宅設備機器のルート営業マンが売り込みに来ていたのですが、そもそも発注先がその会社しかなかったので、特に選ぶ事なく普通に発注していたし、強豪とかも無かったので

すごく楽(ラク)そうに見えて、うらやましく感じていたんです。

会社を辞めさせられて辛かったのですが、もっと伸び伸びと働けそうな会社に移れるのは嬉しかったです。

人生失敗談②② | 新しい会社でも見知りは直らず、営業成績もふるわない日々

心機一転、

新しい会社に入ったはいいものの

現実はやっぱりつらいことばかりでした。

 ルート営業は飛び込み営業をしなくて良いので一見楽には見えるのですが

お客さんを自分で選べない不自由さがあり、特にクレームばかり言ってくる得意先を担当すると気を病むこともしばしば

休みの日でもバンバン電話が掛かってきたり

現場トラブルなどか起こると無理矢理こちらのせいにされてしまったり

なかなか上手くいきません。

営業成績もいつも下位の方で、なんとかしようと思っているのですが一向に改善できません。

そんな事で気分が落ち込む事が増えていきました。

暗い顔をしてるのはダメだと思い、元気な体育会系のキャラを演じてたんですが

いつもそんな元気なキャラを無理して作っている自分に違和感を感じながら仕事をしていました。

売れている先輩達は、社長や経営者を相手にしても、ものおじせずに、オラついて提案して数字も取ってくる体育会系の方達が多く

「あんなの自分には無理だ」

「やっぱり自分は営業向いていないんじゃないか?」

そんな思いが沸々と湧いてきました。

人生失敗談②③ | 入社から2年半が経ちついに事件を起こす

 

そして入社から2年半が経ち、ついに事件が起きます。

得意先から社用車で帰宅途中に高速道路で事故を起こしてしまいました。

しかも、早く帰りたくて急いでいた為に車は廃車に!

身体こそ無傷だったので良かったものの

営業成績も今ひとつのうだつの上がらない男が廃車にして

悪い事ばかりで目立ってもう最悪です。

前の会社でも事故を起こした事がきっかけで辞めさせられたのにも関わらず

また同じ事をしてしまう自分の不甲斐なさに心が折れました(完全に自分が悪いんですけど)

今まで何やっても上手くいかず散々失敗してきたけど

今度こそ自分は本当に社会から必要とされない人間なんだ

もう終わりだ  自分はどうしようもない

そう思い人生を終了させたい気持ちになりました。

しかし、そんな僕を暖かく見守ってくれたのは妻でした。

妻は僕と違い

明るくて、前向きで、落ち込んでいる所をほとんど見た事がなく

たとえ落ち込んでも次の日には立ち直っている様な僕と正反対の人間です。

そんな妻は

「まぁ、しゃないやん!頑張りっ!」

「起こった事は悔いてももう戻らないし

あかんかったらまた転職したら?」

と言って僕の放つ重々しい雰囲気を取り払ってくれました。

そんな妻に押し出されて

翌日なんとか勇気を出して会社に向かう事が出来たのですが、当然ですが会社の取締役からこっぴどく怒られます。

取締役は高卒から気合い一本でトップまで上り詰めた超強面です。

通称タコ部屋と呼ばれる個室に呼ばれてヤクザさながらの気迫で机を蹴られながら怒鳴られました。

そして

「お前は仕事舐めてんのか!!

 いつまでも許してもらえると思うな!!

    3ヶ月以内に売上で成果が出なかったら辞めさせる!!」

と宣言される事に

自分が悪いんですがほんとに怖かったです。

先輩のアドバイスで営業スタイルを変える事に

 

そんな失敗続きの僕を見て同情したのか、前の席に座っている先輩がアドバイスをくれました

先輩は他のオラついた営業マンとは違い、落ちついた雰囲気の方で、昔から気さくに話かけてくれるのですごく好きな先輩でした。

そのアドバイスの内容は

「商品だけじゃなくて、工事も受けてみたら? 売上絶対あがるで!」

というものでした。

建築メーカーの代理店業は商品を売るのが仕事なのですが、その商品の特性上必ず工事が発生します。

ただ、基本的に代理店は商品を売るのが仕事で

工事は売った先のリフォーム工事店が行うのが通常です。

それに工事なんて受けるとただでさえ忙しいのに、現調や職人の手配で更に忙しくなる。

クレームの発生リスクも高くなるので、正直普通ならやろうとはなってなかったし

会社としても工事を積極的に受けていくくとは推奨してなくて

あくまでも営業して商品を売る事がメインで工事は最低限必要な分のみというのがスタンダードでした。

ただ、僕は会社での立場が地に落ちた状態だったので

「何か普通じゃない事をして一発逆転しなければ」

という思いが強く、先輩のアドバイスを素直に受け入れる事にしました。

先輩は全ての取引先から信頼されているスーパー営業マンだった

 

僕は早速、先輩についていき同行させて貰いました。

先輩は営業マンというよりは、工事現場にいったり、見積をする為の現場調査に行ったりと、まるで施工管理担当者の様な動きをします。

「建築の知識があってすごいな

そう思っていたのどすが、もっと驚いたのはその後です。

得意先に連れて行って貰った時に衝撃が走りました。

会う人会う人全ての取引先の方々から

「この間めっちゃ助かったよ、ありがとう」

「また、近く寄ったら顔みせに来てね」

などなど声を掛けられたり

まるで親友の様に楽しそうに笑顔で世間話をしたり

会社内部の人間関係の悩みを相談されたりしていました。  

そして、商品の話はほとんどせずに勝手に物が売れていきます。

営業ってこんな楽しそうにするものなの?

ってめちゃくちゃ驚きました。

僕は営業マンたるもの、嫌がられても

体育会系のノリで元気にオラつかないといけない!

そう思い込んでいた僕には衝撃的な光景でした。

人生失敗からの逆転談① | この会社で衝撃の事実に気づくついに転機が訪れた

 

そこで僕は

ようやく気づきました

売れてる先輩と同じ様に体育会系のノリじゃなくていいんだ

自分の武器で勝負すればいいんだ。

ということに。

それから僕は

体育会系の明るい営業マンを演じるのをやめました。

代わりに人見知りで臆病な自分の

人を観察する性格を活かして

誰よりもたくさんお客さんのことを考え

誰よりもお客様の求めている事や悩みを解決していく

そんな営業スタイルになっていきました。

僕は元々リフォームの営業マンをやっていた為に

取引先の営業マンがお客様を相手にどの様な事で悩み

僕たち下請けの会社に対してどの様な事を望んでいるかが手に取る様にわかりました。

後は行動するだけで自然と仕事が上手く進みました。

そして、先輩から教わった工事の知識も順調に身に付いていきました。

現場でチェックするポイント

職人さんへの指示の仕方

見積の出し方や工事中にクレームが起こらない様にするポイントなど

様々なテクニックや知識を身につけました。

覚えた知識は全て取引先の担当者さんからの信頼獲得に繋がる事ばかりで

自然と身に付いて行ったし、やりがいを感じる事が出来ました。

営業マンは面倒臭がり屋の人が多いのでこちらで商品も工事も全て受けてあげる事でめちゃくちゃ感謝されるんです。

この様に取引先に対してしっかり価値提供をして

しっかり注文を頂くという事が出来る様になっていきました。

まったく違う営業スタイルを身につけた僕は、飛ぶ鳥を落とす勢で成長しました

そして、昔は冷たかったお客様の反応がどんどん変わっていきました。

「うちの担当持ってくれてありがとう、いつもほんと助かってるよ」

「タカオカさんが色々フォローしてくれるおかげで僕の営業スタイルか分かりました、ほんとに感謝してます」

など、決してお世辞でもない

本当に感謝されてお礼を言われるようになっていきます。

そして「この商品タカオカさんの所で取扱があれば売ってください」

と言われて勝手に商品が売れる様になっていきました。

僕は演じていない自分のままで

ものを売って喜ばれることが

本当に嬉しくて

社会人になってから初めて、「仕事が楽しい」と思える様になりました。

そして、気付けば今までの人生で何一つ上手くいかなかった僕

なんと、トップ営業マンの仲間入りを果たしていたのです。

あれだけ嫌だった

毎日悩み、嫌で胃が痛かった仕事が

休みの日にも「明日仕事に行ける、楽しみだな」と思うようにまでなりました。

まさかこんな幸せな日々を送れるなんて

自分自身が一番驚きでした。

今まで学生時代からの辛かった経験を思い出しながら喜びにひたりました。

人生失敗からの逆転談② | 妻が双子の子供を出産

 

そんな幸せな社会人生活を送る中、僕はついに父親となる事になります。

妻が男の子と女の子の双子を無事出産してくれました。

子育ては大変だけど、幸せで充実した毎日を送る事になります。

子供ってほんとに可愛くて愛おしくて最高です。

急激なノルマアップと子育てに追われる日々

 

トップ営業マンの仲間入りを果たし、喜びもつかの間重いノルマを課せられる事になっていきます。

今まで売上を落としていた仕返しなのか?

売上目標設定を一人だけ上げられ

新しい得意先も増やされてどんどん仕事が増えて行きます。

中小企業でコンプライアンス意識も低い会社だったので

元々休日も少ないし、休日出勤も多く仕事ばっかりしている様な状態になり

家族との時間がどんどん少なくなっていきました。

そして、双子の子供の子育ては想像以上に強烈でした。

夜仕事から帰っては溜置きされた20本もの哺乳瓶を洗い、大量の洗濯物を干しながらご飯を食べ少しでも睡眠時間を確保しようと必死になりますが

夜泣きは酷いし、ミルクは飲むのが遅く夜中に何度も起こされ相手をしなくてはなりません。

基本的には妻が頑張ってくれているんですが、放っておくと育児ノイローゼになりかねませんので僕も必死に頑張りました。

それでも妻の機嫌は悪化する一方です。

子育てに疲れた妻は僕が帰宅した瞬間に激怒する事ももしばしば

少しでも帰る時間が遅れたら平手打ちが飛んできます。

本気で怖い鬼嫁なんです。

(こんなことブログに書いてるのがバレたら殺されるかもしれません)

そんな事で次第に厳し状況になりました。

人生失敗からの逆転談③ | 自分の強みで勝負する様になった僕は苦難を乗り越えて行った

しかし、僕はそこで潰れてしまう事はありませんでした。

同じ様な仕事のスタイルでは

忙しすぎて潰れてしまいかねないと悟り

仕事を人に振る事を覚えました。

もちろん、仕事を振られた方は仕事が増えるのを嫌がるので普通に頼むと断られます。

そこで色々作戦を立てました

例えば

普段からコミュニケーションをしっかりと取り

どこまでなら嫌がられないか?

嫌がられないタイミングはいつか?

最初は簡単な仕事からふり始めて、徐々に手間のかかる仕事を振ろうか?

その様な事をめちゃくちゃ考えました

また、普段から少し大げさなくらい忙しそうにしたり

頼む時も相手の適材適所を考えて「この仕事が得意なあなただからこそ頼んでいるんですよ!」

という事を強調して伝える事をしました。

そして、仕事をして頂けた時はめちゃくちゃ感謝する様にしました。

「〜さん仕事早いし、間違いも少ないし完璧すぎてほんとに感謝してます、ありがとうございます!」

こんな風に言って

毎日感謝していると、自然と助けてくれる人が増えて行きました。

僕は元々人見知りで、臆病で人の機嫌ばかり伺っていた人間なんで、人はどんな言われ方をすれば気持ち良くなるか?今機嫌が良いのか悪いのか

そういう事を察知するのが得意だという事に気がつきました。

頼み事をしたい人が機嫌が良い時に、更に嬉しくなる様な頼み方をすれば人は動いてくれます。

その結果、仕事がかなり円滑に回り

以前よりも社内外共に人間関係がかなり良くなっていきました

困った時に助けてくれる親友の様な存在の仕事仲間が増えて行きました。

僕は残業もそこそこにして帰りながら

会社が重く載せてきたノルマを軽々とクリアする事ができる様になって行ったのです。

安月給でお金が無い、転職を視野に入れる様になる

 

安定して売上を上げれる様になり

喜びもつかの間、ある事実に気がつきます。

「お金まったく足りない

子どもが出来ると何かとお金が掛かります。

保険や家賃、生活必需品など

今まででは考えられなかった様な

毎月の固定費が増大していきます。

ちなみに僕は子供の頃から貧乏な家庭に育てられているのでかなりの節約家です。

いまだにペットボトルのお茶1本買うのもためらうくらいです。

酒、タバコ、ギャンブルも一切しない

かなり健全な節約家です。

それでもまったくお金が足りない

貯金出来ない

こんなはずじゃなかった

世間知らずの僕は

仕事さえしっかりしていれば

後はお金は勝手に付いてくると考えていました

しかし、それは違いました

そもそも安月給の会社に所属していれば

そこでいかに頑張ってもたいして貰えないんです

この事実に30歳になって初めて気付く事になりました。

それならいっそ転職しようか?

とも考えましたが

今までの人生で失敗続きの自分が

次の会社で上手くやるれる保証も無く

もし、またブラック企業にでも捕まったら?

そう考えると

今よりひどい事になるのが怖くて

動けません。

仕事で多少上手くいっても、やっぱり臆病な性格は劇的には変わらないんです。

僕は子供の頃毎日の様にお金が無いと言われ続けてきて

それがほんとに辛かったので

自分の子供にはそんな思いはさせたく無いと思っています。

でもこのままじゃ同じ事になってしまうかもしれない。

そんな恐怖と戦う事になります。

人生失敗からの逆転談④ | もやもやした気持ちで過ごす中、先輩の立ち話を聞き資格取得を決意する

 

そんな中、先輩が立ち話をしているのを聞き

現状を打開する案を思いつきます。

その話しの内容は

うちの会社は建設業の届出を出してるけど

施工管理の資格者が60歳の定年退職間近の社員一人しか居ない

「その〜さんが退職したら建設業の届出を下さないといけなくなるのでヤバいね」

という様な内容でした

そんな話を聞いた僕はその資格を取れば

会社から辞められては困る

と思って貰えて、存在価値を示して

給料アップに繋がると考えました。

さっそく僕は資格取得(2級管工事施工管理技士)を志願して学習を開始しました

勉強するなんて大学生の時以来です

決して勉強が好きではなかったのですが

この資格取得が現状に大きな変化をもたらす様な気がして

自然と勉強がはかどりました

ただ、暇な時間がいっさい無い僕には時間との戦いでした

仕事も忙しく、家に帰ると家事育児が待っている。

休日は朝から子供にたたきおこされて公園に連れて行き遊び、空いた時間は家の掃除を命じられる毎日

子供が寝静まりほっと一息つけるその瞬間に、今だとばかりに勉強を始める生活でした。

 

そして合格発表の日

とうとう試験に合格する事が出来たのです。

これはほんとうに嬉しかった。

しかし…

当然ですがいきなり給料がアップするなんて事はありませんでした。

資格手当すら与えられない会社から頂いたのは上司からの

「すごいね、頑張ったね」

という言葉だけでした。

人生失敗からの逆転談⑤ | 資格取得に目覚める|二級建築士の取得

 

給料は果たせなかったものの

資格取得する事で頑張った自分に自身が持てる様になりました。

それが凄く嬉しくて

資格取得にハマっていきます。

そんな僕が次に目指したのは二級建築士です。

建築業界で働くなら絶対的に有利なこの資格をどうしても手に入れたいと思いました。

さっそくインターネットで二級建築士になる方法を調べると割と資格学校に通うのがスタンダードだと知ります。

そしてその学費はなんと80万円〜という大金でした。

やはり専門知識を学ぶのは高いんですね。

今の僕には80万円どころか8千円すら必死になる様な状態でしたのでとても払える金額ではありません。

ただ、諦める訳にはいかなかったので色々調べた結果、独学をする事に決めました。

独学といても、ただ一人で黙々と勉強しても挫折しそうなので

二級建築士の友人に教えを乞う事に。

学習のペースは?

どんな参考書を使うと良いのか?

必要な製図道具は?

などありとあらゆる事を聞きまくりました。

また、資格学校が開催している無料セミナーや格安の模試を調べつくして受けまくりました。

あいかわらず、家事育児は毎日の様にやってくるので

なんとかスキマ時間を見つけたり

睡眠時間を削り

満員電車に揺られながら、ネットサーフィンを我慢して参考書を読み

学習開始から8ヶ月間、死に物狂いで勉強しました。

製図試験当日緊張と焦りでミスを連発

いよいよ製図試験の当日になりました。

今までの人生

睡眠時間も削り、必死にスキマ時間を探してここまで頑張って勉強した事はありませんでした。

もし落ちたら今までの努力が無駄になる

と思うと恐ろしくてたまらなくて

すごく緊張して試験会場に向かいました。

二級建築士の製図試験は4時間もあり長期戦なのですが6つもの図面を手書きで書かないといけない、時間が非常に足りない試験です。

図面を完成させれずに試験に落ちてしまう人が続出するので

スピードを上げつつミスをしない事が非常に重要です。

そんな中

緊張しすぎたのか

僕は間違いに気づかず図面を書き進めてしまい

完成間近で書き直しが必要な重大なミスを犯している事に気がつく事になります。

間違いに気が付いた瞬間今までの努力が走馬灯の様に頭を駆け巡りました

「終わった

必死に皿洗いして

子供を寝かしつけて

家事を素早く終わらせて必死に作ったスキマ時間で必死に勉強した事

満員電車の中で揺られながらネットサーフィンを我慢して参考書を読んだ事

今までの努力が無駄になるかもしれない

絶望的な気持ちになりました。

しかし、残り時間はまだ少なからずありました。

僕は最後の力を振り絞り

必死に書いた図面を消して

また図面を書き始めました。

絶対に図面を完成させる!

その思いが過去に類を見ない程に僕を集中させました。

そしてなんと

終了時刻と同時に図面が完成したのです。

集中力を使い果たした僕は机に倒れ込む様にうなだれました。

集中力を使い果たした人間はこんな事になるのか?

とにかく身体がだるくて、重くて

立ち上がるのがやっとでした。

こんな経験初めてでした。

ミスはしたものの、最後まで図面を完成させた達成感はあらりました。

しかし、

冷静に問題用紙を再度眺めていると

なんと、他にも数カ所ミスを犯している事に気がつきました。

しかも、試験終了と同時に図面が完成して

まったく見直しも出来ていない状況だったので

更にミスを重ねている可能性が高く

合格は絶望的な状況になりました。

自分の爪の甘さを悔やみました。

また1年後の試験日まではたして自分は頑張るだろうか?

そんな事を考えながら家に帰りました。

人生失敗からの逆転談⑥ | 試験の結果は?

二級建築士の結果発表は3ヶ月も先になります。

その間なんとも言えない待ち遠しい気持ちになります。

例えるなら

まるで大好きな女の子に告白してからの返事待ちの期間みたいな状態です。

そして、とうとう結果発表の日がやって来ました。

「どうせ受かってないだろうけど見とくか..

.

半ばそんな気持ちでインターネットで受験番号を探すと

なんと、番号があったんです。

合格してました!

嬉しくて、嬉しくて、何度も見間違えていないか受験番号を見返しました。

努力が報われて凄く嬉しかった瞬間でした。

こんな奇跡があるなんて

頑張れば良い事もあるんだなと実感しました。

ついに転職活動を開始する

資格を手にしたからといって特に毎日に大きな変化はありませんでしたが

勉強から解放された喜びと、頑張った達成感で満たされていました。

そして、勉強中も営業成績はさらに好調を維持し続け、20ヶ月連続目標達成や6年連続年間目標を達成するなど過去に類をみない程の実績にまでなっていました。

この様な状態になってくると

次第に飽きが出てくる様になります

ドラクエでラスボスを倒したら

もう飽きてやらなくなると思いますが

それと似たような感覚になりました。

そして相変わらず給料は一向に上がりません。

家では相変わらず安月給の甲斐性がない男扱いされる毎日で

そんな毎日に嫌気がさして

僕はとうとう転職に踏み出す事になります。

人生失敗からの逆転談⑦ | 面接で無双する

 

ついに就職活動を開始する事に。

給料アップと労働環境改善を目指して建築関係の営業や施工管理を中心に仕事を探します。

新卒の時は20社全部落とされて落ち込んでいましたが今の僕は全然違います。

  • トップ営業マンとしての実践
  • お客様の悩みを解決できる共感力
  • 現場で磨かれた建築の知識
  • 迅速な対応でお客様の支持を得てきた経験
  • 資格を取得した事
  • コツコツ努力できる継続力

さまざまな強みを手にした僕は面接で無双します。

受けた面接はほぼ全て合格していきました。

そして、ついに「この会社に行きたい」

と思える会社に出会いました。

僕はハウスメーカー系の不動産会社の施工監理職の内定をいただく事になります。

勤めていた会社に辞める事を伝えるのは面接を受けるよりも緊張しました

取締役から「恩知らず!」と激怒されたりもしましたが

なんとか辞める事が出来ました。

色々あったけど、9年間働かせて頂いた会社に感謝しています。

人生失敗からの逆転談⑧ | 転職後給料1.5倍、年間休日数35日アップの高待遇に

 

転職後給料は1.5倍、年間休日数プラス35日。加えて転勤は無し、基本定時退社という高待遇を手にします。

もうボーナスの前に給料が底を尽きて嫁に怒られる事も無くなりました。

これが一番嬉しかった事ですね。

現在の生活

現在は新しい会社で日々奮闘中です。

大企業なので個人裁量権が少ない所は難点ですが、新しい事にチャレンジできる風度もあり満足しています。

家庭では土日祝しっかり休み、子供には習い事をさせる余裕ができました。

お金が無くて我慢していた外食も行く機会が増えました。

そして自由な時間も増えた事で

ブログで自分の思いを発信する事ができる様になり、たくさんの方にブログを読んで頂く事が出来る様になりました。

毎日の暮らしの中で幸せを感じる事が出来る事ってほんとに嬉しい事です。

だけど、

今の生活を手に入れるまでに本当に苦労しました。

学生時代から社会人になっても、何をやっても上手くいかない時期が続き

自分なんて生きてる意味ないんじゃないか?

と何度思ったかわかりません。

だからこそ、これからは

かつての僕のように

コンプレックスを抱えて辛い思いをしてる方

何をやっても上手く行かないと悩む方

転職したいけど勇気が持てない

という方に向け

こういう働き方・こういう考え方・こういう人生もあるんだという選択肢を

本気で伝えていきたいと思っています。

もし、

僕の言葉に共感していただけるとしたら

引き続きブログを楽しんでいただければ、本当に嬉しいです。

最後に

こんなに長いプロフィールを読んでいただき

本当にありがとうございます!

感想やメッセージをいただけると更新の励みになりますので

各記事のコメントや何か一言でも送っていただけると嬉しいです。

『お問い合わせ』から入って頂きコメントを送って頂ければ僕に届きます。

頂いたメッセージは大切に読ませていただきます、相談等があれば出来るだけ親身になってお聞きし、解決出来る様に全力をつくします(^-^)

人生は長いので、今もし辛い思いで悩んでいたとしても良くなる手段・方法はいくらでも見つかります。

こんな僕でも幸せに生きれているんだからきっと大丈夫です。

あなたの人生がより良いものになる手助けになれば幸いです。